生成AIの揉め事とかってドラえもん映画のアレだよね

時代を先取り
便利な発明を繰り返すことで
人々は仕事をする必要がなくなった
結果的に人々は毎日が
休日のようになった
しかし、最終的には
発明そのものが面倒になり
発明をするロボットを発明し
そいつに丸投げしてたら
逆襲された
ターミネーター然り
昔の創作物にはよくあった話
実は我ら日本が誇る青いロボット
ドラえもんでもこのテーマを扱った
映画が昔あったんですよね
『ブリキのラビリンス』
そのストーリーの発端をまとめたのが
上記の内容というわけです
この映画、比較的ポップに
表現こそされてるんですけど
人間が発明に頼るあまり
肉体が弱体化しすぎてしまった結果
まともに歩けない(持続的に)
移動用カプセルがないと生活できない
みたいな
なかなかエグい内容となってます
この作品の何気に恐ろしいところは
人類が弱体化して
まともに生活できない
だったら歩行もあらゆる動作も
代わりにやってくれる機械に
常に入っていればいいじゃない
これをすんなり人類が
受け入れてしまうシーンなんです
それほどまで人類の感覚が
鈍り切っていたってことですね
おそらくこの発明の影響で
更に人類の弱体化が進めば
もっと便利な発明をすればいい
してくれればいい
こんな思考になっていたのだと思われます
この映画の内容って
まさに今議論にあがりやすい
生成AIの問題と似てるなと
使わないものって廃れるんです
それは何も文化だとか
伝統みたいなものに限らず
人間の機能、意識
そのものという意味で
生成AIが必ずしも
悪というのもまた違うでしょう
しかし
それを導入することで
失われるものは未知数
もしかしたら
痛覚を失ってしまうように
意識に作用することかもしれない
だからというわけじゃないですけど
基本的に私は自分の創作やコンテンツで
生成AIは使ってません
というか極力使わない生活を
心がけてます
自分のために、という意図で
本当の意味での共存って
こういったことを理解すること
なのかもしれませんね









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